清原和博にはチンポコがついていた

10年に一人は10年に一人現れます。

んで実は「50年に一人」もけっこう「10年に一人」くらい現れてます。

私の考える「50年に一人」の本物はただ一人。大谷翔平でもイチロー鈴木でもありません。

私の考える「50年に一人」は清原和博です。もしもう一人いるとしたら、それは王貞治です。清原と王が双璧です。


 

理屈が通じない

清原には理屈が通じない。

「こうやってこうやれば崩せる」という打ち取り方が清原には無かった。

大谷もイチローも数字は凄いですが、藤川球児や大野豊みたいな完全なる投手が完全なる配球をすれば、抑えることはできます。

しかし清原は完全なる投手が投げた完全なるウィニングショットを打てる。それも単打ではなく長打で。

落合博満や山本浩二も相手エースのウィニングショットを仕留めることを生きがいとする打者でした。しかし私は小学生だったため、この二人の凄みはイマイチ理解できていない。王貞治の時も小学生でしたが、王の「数字」は落合や浩二よりさらに圧倒的でした。江夏豊と大野豊はよく王から三振を奪ってましたけどね。そういう意味で清原とは別の型の「50年」です。

 

若い清原

王貞治はPL時代の清原。記録が凄いのです。

後に広陵高校の中村奨成に破られはしたものの、1大会5本塁打は異次元です。王の55本塁打に通じるものがる。

甲子園通算13本塁打はもっと異次元。1年夏から3年夏まで全部出場して5大会です。5大会で全部優勝しても25試合。

そこで13本塁打はペナントレースで70発ペースです。明らかに異次元。

さらに甲子園通算本塁打数2位は6本塁打です。桑田、元木、奨成。2位に2倍以上の大差を付けているところも王貞治の個人記録のようであります。

 

プロに入って清原が一番凄かったのはいつですか?

1986年のルーキーシーズンもケタ違いの成績ですし、清原のキャリアハイは5年目の1990年。このシーズンは清原の敬遠数が凄くて6番石毛を3番に上げて、3番秋山を6番に降ろしたりしました。清原の後ろを厚くするためです。

私の考える清原和博の黄金時代は巨人時代。

鶏肉ダイエットかなんかした2000~2002年だと私は思います。

3年間の「数字」は平凡です。若い子には凄みが理解できないと思います。

しかも当時の清原は33~35歳。打順は5番でした。

西暦2000年は25歳の松井秀喜が初めて巨人の4番に固定されたシーズンでした。前年までは「3番松井、4番清原」が普通でした。

1997~1999年の清原は憧れの巨人にFA入団したことで満足しきっていました。送りバント要員の元木大介や控え捕手・小田幸平とチンピラ軍団を築いて有頂天。日テレも嬉しそうに清原軍団を追い掛けて有頂天。バブル時代で「番長」「ワシ」「ワイ」などと日テレが持ち上げるものだから、清原と桑田は野球の練習などしていませんでした。KKはこの頃から巨人経由でヤクザやクスリとの繋がりが生じたと思われます。

 

30代の清原

清原加入後の3年間で巨人は一度も優勝できませんでした。

1997年は古田のヤクルト

1998年は佐々木の横浜

1999年は野口の中日

ナベツネオーナーにやいやい言われた清原は1999年のオフ、鹿児島県の最福寺で護摩行を敢行します。今では「カープの専売特許」みたいですが先駆者は清原です。後に清原の子分だった金本知憲が引き継ぎ、新井→石原→會澤と系譜されていき、野間と堂林にも繋がってます。

 

2000年の清原はケガで出遅れたが、後半に清原らしい右方向への長打を量産し、長嶋巨人の優勝に大きく貢献。MVPは松井。江藤智が32発91打点。

2001年の清原は134試合に出場し打率.298、29発、121打点。私はこのシーズンが清原の野球人生のベストシーズンだと思います。後半、ケガと疲れで打率3割を切りましたがチャンスには滅法強かった。優勝は若松ヤクルトにかっさらわれましたが、清原はMVPのペタジーニとほぼ同じ成績でした。佐々岡のスライダーや山本昌のスクリューボールをバシバシしばいてました。

 

藤川に言い放った一言

夕べのプロ野球ニュースで山本昌広、藤川球児、清原和博が懐かしい90年代トークをしていたのでこの記事を書きました。

藤川はお世辞込みで「清原さんのチンポコ発言でボクは変われた」と言いました。清原は満面の笑みでした。

清原vs山本昌は76打数26安打。「打率.342、7本塁打」だそうです。めちゃくちゃイメージ通りでした。笑

私が「清原がスゴい」「相手の決め球を打つ」と絶賛する時、打たれているエースはいつも山本昌でした。

清原が山本昌の外角低めスクリューを東京ドームのライト上段に何度もぶち込む姿を見て、

「コイツスゲえな」

といつも驚いていたのです。

 

東京五輪は関係者の辞任や解任が相次いでいますが、20年前30年前の小さいミスをほじくり返して袋だたき。

菅総理大臣までもが

言語道断

とか言ってる社会はクレイジーです。

菅さんも疲れてて失言したのだと思います。「五輪」という言葉にビビリ過ぎ。所詮この人も「いい人止まり」な感じのリーダーです。

 

小学生時代に障害者をいじめた。

若手芸人時代にユダヤ虐殺をネタにして目立とうとした。

どこが悪いん?全く悪くない。誰でもやってるっての。

その人間は今、反省して生きている。それでいいんじゃないのかな。

過去をほじくり返して辞任だ解任だってのは幼稚な社会です。んなこと言ってたら清原なんて死刑ですよ。

キヨがNPBの監督になることは100%無いでしょう。

しかし解説者や臨時コーチでもいいじゃありませんか。

 

王貞治は確かに聖人君子でした。ミスの無い完璧な人間。

しかし巨人ファンが惹きつけられたのは南海と杉浦を裏切った長嶋茂雄のほうでした。

私が憧れたのはスケベな慶彦、津田、イチロー、誠也たち。

ブラックな清原も大好きですよ。桑田は嫌いですけどね。笑

明るいスケベは大好きです。桑田と原はむっつりなんですよ。

おしまい
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ありがとうございました。

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