ファーストキスの思い出

えー、今日は思い切って45歳のおっさんのファーストキスの思い出を語らせていただきます。
今日は妄想でなく実話です。
ハッキリ言って「気持ち悪い!」ですよ。
カープ女子の皆様は「閲覧注意!」です。
男性の方もじゅうぶんにご注意ください。笑

本当にいいんですか?

いいんですね。

まだ続けるんですね。

それでは始めますよ。

いちおうカープにも関連した私の初恋話です。
暖かい目で見てください。よろしくお願いいたします。
それでは30年前の、昭和のプロ野球にバックホーム!!←なんのこっちゃ

1988年夏
昭和ラストイヤー

私は高校二年生。大阪市内の公立高校に通っていました。
私には仲の良かった同じクラスの女の子がいて、私は野球部。彼女はなんと茶道部でした。
16歳の二人なんで、二人の間には「お付き合いしている」とか「彼氏と彼女だ」とかいう意識は薄かったです。

「ねえ、私たちって付き合ってるのかなあ・・・」
が彼女の口癖でした。

16歳の私はまだ彼女の気持ちに気が付かず、いつも
「どうなんかなあ・・・」
と逃げていたことを痛切に思い出します。

クラスメートやチームメイトにも内緒にしていましたし、一緒に登下校することもなく、まわりの男子には気付かれていませんでした。
ただなぜかこういう話は女子に見破られるもので、クラスの女子の間では何となく噂話のネタになっていたようです。

私達は一年生の時から同じクラスでした。
体育祭や文化祭の「打ち上げ」を経て、親しくなりました。
二人ともアルバイトもしていない高校生だったんで、デートも2~3ヶ月に1回くらい。

「中間テストが終わったらエディ=マーフィーの映画を見に行こうね!」
って感じ。
なんか30年前って爽やかな時代ですね。泣けてきそうです。笑

携帯電話のなかった時代なので、彼女の自宅に電話をかける時、
「どうかお父さんが出ませんように!」
と祈っていたのを憶えています。

お母さんだとなぜか安心しました。
「学級委員の東出と申します。クラスの連絡です」
とか何とか大ウソを言っていた記憶があります。

いざ自分が親になってみると、子供のこんな小芝居に騙されるはずもないんです。
でも当時はバレてない気がしてました。

その後、携帯電話の時代になり、大人になった私は、よく合コンでこの昔話をネタに使いました。
「今時の若い奴らのコミュニケーション能力が低いのは、電話で彼女のお父さんに怒られたことがないからだ!」
意外に的を射ていると思うんですが、いかがでしょうか。

さて本題。
私達はついにファーストキスのその日を迎えます。
場所は夏の大阪球場。

ファーストキスが大阪球場!?

ええ、そうです。
ここがプロ野球ファンの悲しいところ。

夏休みの南海-ロッテ戦。

彼女はプロ野球などまったく興味なし。

藤井寺球場も近かったんですが、藤井寺は大阪の郊外にあり、大阪球場はJR湊町駅(現・難波駅)から徒歩5分。
いわゆる「ミナミのど真ん中」にプロ野球の本拠地があったんです。
東京で例えると、渋谷駅から徒歩5分の場所にプロ野球の本拠地があるようなもの。

16歳の私には、
高校生が合法的に夜の繁華街で遊べる場所・・・
といえば「大阪球場」しか思いつかなかったんです。
しかも混雑しない! 笑
上方漫才で
「ミナミで一番空いてる店は大阪球場や!」
というのは昔からの鉄板ネタでした。

とにかく試合なんか全く憶えていません。
ひたすら彼女としゃべっていましたから。

試合を最後まで見ないで午後8時頃には帰ろうかってなったんです。
球場の外に出て、缶ジュース買って来て、ベンチなんかなかったんで、そこらへんの植込みのレンガかなんかに腰かけてジュースを飲んで・・・

ハイ、以上です。

大阪球場の敷地内には競馬の馬券売り場がありましたし、ガラのよろしいおっさんも大勢お越しになるんです。
そんなところでこんなこと・・・ああ恥ずかしい!
無邪気すぎる高校生です。反省させられます。

ところでこの年のプロ野球はなかなか「激動の一年」でした。
9月13日、南海ホークス身売り。来季は福岡ダイエーホークスと発表。
子供の頃から足を運んだ大阪球場は取り壊しの方向。
9月14日、阪神タイガース掛布が引退発表。
9月17日 阪神・山本和行引退試合
実はこの試合、ファミスタ仲間で阪神ファンの友人と私と二人して見に行ってました。
もちろん甲子園。対広島。カープのセカンドには「緒方」という見慣れない選手が。
「あれ、正田じゃないの? 緒方って誰?」
熱烈カープファンの私も2年目の「緒方孝市」の名前を知りませんでした。
その7番セカンド緒方はこの日プロ初ホームランを私のすぐ近くのレフトポール付近にかっ飛ばしました。

そして9月下旬。私は2泊3日で修学旅行。
旅館の朝刊で野球部の奴らが騒ぎだします。

「近鉄連勝!西武連敗!西武のマジックが消えた!」

その後、修学旅行が終わって私は原付バイクの免許を取りに行き、ニュースステーションは「川崎劇場」を生放送しました。
同じ10月19日に阪急がオリエントリースに身売りされたことが発表。

日本シリーズは西武が圧勝。
カープは野村謙二郎をドラフト一位指名。

そして12月。
「クリスマスもデートする?」
「ううん」
「なんで?」
「なんとなく・・・」
「そっか・・・わかった」
みたいな感じで自然消滅。

年が明け1989年1月7日。
昭和天皇崩御。
小渕官房長官が出てきて「平成」ポーズ。
昭和64年が平成元年に変わった瞬間でした。

1月9日
三学期の始業式。
彼女と2週間ぶりに再会。
担任の先生の朝のあいさつ。
「3学期の期末テストは大学受験にも響くからな、気合入れろよ!」

3学期の3ヶ月も毎日「元カノ」とはクラスで顔を合わせます。
お互いに気まずい、気まずい。笑

私はその後10数年間、同じクラス、同じクラブ、同じ職場の女の子とデートができなくなりました。
平成元年の「フラれた後も顔を合わせる恐怖」がトラウマになったからです。

3年になってクラスが離れました。
私は本当に学級委員をやらされたんですが、もう二度と元カノに電話することはありませんでした。

おしまい

おしまい
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ありがとうございました。

-赤辞苑

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